雨男の私としては珍しく、快晴の12月2日日曜日、栃木県那須にある北温泉に行って来た。上空若干の風があったものの、この時期としては暖かな日和だった。
この北温泉の開湯は、江戸元禄(徳川五代将軍綱吉1688~1704)頃というから歴史ある温泉だ。
以前、私の著書「日本讃歌」の中でもご紹介したお気に入りの温泉だ。何が良いかといって、湯量が豊富で周囲が実に閑静な一軒宿だから。宿に入る手前にある広々としたプールを思わせる屋外浴場は、実際に大人でも楽しめる。
また、ここの名物「天狗の湯」は、壁に大小四つの天狗面があり大きな目、大きな鼻で凄みを効かす。男女別の浴場が数箇所あるが、この天狗の湯は混浴だ。最近では若い女性客もこの湯に入って帰るという。この日も二十代の女性二人と四十代後半の男性、それに老人が入浴を楽しんでいた。私たちの面前でも彼女たちは決して恥らうこともなかった。この天狗の湯の壁を隔てた山側に、湯量豊富な打たせ湯もある。
宿は度重なる増築を重ねたからか、くねくねとして迷路のようだ。薄暗い廊下にあるお灯明が隙間から入り込む微風に揺れている。
この日私たちは三時間ほどの立ち寄り湯だった。料金は相場の七百円。
露天の湯に浸っていると、周囲の山から押し出されるように湧き出た真っ白な雲が、風にちぎられ次から次へと頭上を去る。初冬の昼下がり、静寂の中、姿見えねど山鳥の声。こうしていると普段気にも留めない「音」というものが、これほどまでに気になるものか不思議な気がした。宿の横ではただせせらぎだけが心地良く響いていた。そして山はもうすぐ冬支度をする。